【雑記】現状のゲーム配信の在り方に違和感を感じている、というお話

昨今、ゲーム配信は以前よりも活発化し、多くの配信者によって動画コンテンツ、ならびにライブ配信が行われている。配信については、各ゲームメーカーもゲーム機の標準機能による配信を許可するなど、基本的に許容する姿勢を示す傾向にある。しかしながら、筆者は現状の配信の在り方に少々違和感を感じている。というお話をさせていただきたい。

その違和感というのは、配信のみでコンテンツを完結してしまう側面を持ちつづけている、という点だ。

ちなみに、配信自体に悪を感じているのでは無いと言う事は誇張しておきたい。特に、プレイ済みの作品やストーリーの重要性が低い作品の視聴については基本的に賛同派だ。これは、自身とは異なるプレイスタイルなど、新たな側面を見ることによって作品の深みが増す。あるいは、配信によって作品に興味を持ち、プレイヤーが増えることでコミュニティが活発化する。プレイフィールを損なわれる面が薄いなど、メリットの方が大きいように感じるからだ。

一方、ストーリー性が重視されるアドベンチャーやRPGなどはどうだろうか。場合によっては深みが増し、興味を持ったプレイヤーが増えるかもしれない。ただし、配信を見て購入したプレイヤーは、配信者と同様のプレイフィールを感じることができるのだろうか。そして何より、配信の完結を見届けるであろう、配信者のファンである未体験者のうち、どれほどの割合が購入にいたるのだろうか。と考えたとき、現状の一連の要素によって構成される配信システムにおいて、私はこれらの配信には一概に賛同しがたい。もちろん、既プレイ者が見ることにはメリットもあるだろうし、実際のプレイでは面倒な作業に嫌気がさして投げ出してしまう可能性もある。デメリットばかりではないことは承知のうえである。

極論をいえば、配信をするのも見るのも自由だ。ただ、配信のみでコンテンツを完結してしまうのは非常に残念に思う。配信者の様子を楽しめる、というプラス面もあるだろうが、それは一種の映像作品に過ぎない。ゲーム作品は体験してこそのものだ、と声を大にして謳いたい。

現状、ゲーム配信の在り方は、ほぼ配信者・ならびに視聴者が握っている。要はどの作品を配信するのか、どこまで視聴するのかも基本的に自由だ。公式的に許可されているものについては、何も問題ないだろう。ゆえに、私はゲームメーカー、および開発者側が、作品を細分化したうえで、共有する楽しみは残しつつも、今よりも配信を制限していく必要があるのではないかと考えている。

事例として、龍が如くやペルソナシリーズなど、セガゲームスなどは積極的に配信を制限しているように見受けられる。また昨今では、作品全体を制限するのではなく、作品を細分化したうえで、プレイフィールを大きく損なう部分のみを制限する動きも見られる。これに対して、『今どき配信できないのは〜』という意見もあるだろう。分からなくもないが、製作者がコンテンツを保護するという観点では、至極当たり前の行為ではないだろうか。

今後さらに活発化するであろうゲーム配信。その在り方について、あくまで私個人が感じている違和感を書き綴らせていただいた。読者の皆様はどう感じているだろうか。