【コラム・雑記】CSタイトルのスマホアプリ化について思うこと

昨今、CSでかつて人気を博していたタイトルがスマホアプリで復活、というパターンをよく目にする。そして、その大半が時を待たずしてサービス終了を迎えてしまう。
実際にすべてプレイした訳ではないのだが、過去作はどれも素晴らしい作品で、思い入れも深い作品が多いだけに非常に悲しい。

かつてのファンを抱えているというアドバンテージがありながらも、実際のところはプレイしていない、もしくはやめてしまったプレイヤーが多いのだろう。
実際に触ったプレイヤーの何とも言えない感想も目にする。そもそも原作のリサーチがしっかりされているのかという疑問さえも持ってしまう。

スマホアプリだからプレイされないのではない。
シリーズとして期待されている作品性が保たれているかが問題なのだ。

よくあるのがスタミナという概念。ゲームの体験が途中で制限され「もっと楽しみたいなら課金してね!嫌なら数時間後にまた来てね!」なメタ事情が差し込まれる。

課金すれば続けて遊べるよ!みたいなスタイルは、どうしてもハードルがあがってしまう。いわば、ゲーセンで何度もコンティニューを強いられているような感覚に近いので、お金を投入してでも続きをやりたい!と思わせる、惹きつける展開がなければならない。極論ドハマリしてしまうような面白さを感じなければ、そこで席を立ち、他のゲームを探す。また同じように、数時間以上待つ事で熱が冷めてしまい、再訪する機会がないまま過去のゲームになってしまう。総じて局所的に作品が評価されてしまい、許容される範囲を狭めているのではだろうか。

次にガチャシステム。まず強キャラや強武器を出さないとお話しにならない、みたいなゲームバランスで「ウルトラレアの確率は3%未満です」なんてのがザラにある。「ガチャ引かなくても遊べるよ!」という作品も中にはあるが、果たして実際に入手できるのは一体何割になるのだろうか。それで作品全体が楽しめるといえるのだろうか。
プレイヤーの運によって構成が変化し、根幹のゲーム性すらも流動する。キャラや武器をコンプリートするにはリアルマネーかプレイしない時間を含めた膨大な時間を注ぎ込んでください。この時点で過去作のCS向け作品との文化の違いに萎えてしまう。

戦闘システムに至ってはセミオートなバトルが多い。かつての深い戦略性は捨て去られ、成長=リアルマネー or 反復作業なゲーム性。
長く楽しめる分には良いのだろうが、作業感が強くなればそこまでだ。

あと多いのが終わりの見えない惰性的な物語。それはサービス終了まで続き、数え切れる作品以外は半ば打ち切りという形で終わりを迎える。
「そもそも長年に渡って休眠してたんだし、新規のストーリーが楽しめたんだからいいだろう」というスタイルなのだろうか。
ファンとしてはそんな残念な結果が予想できるぐらいならそっとしておいて欲しい。

実際のところ、これらのありふれたシステムを踏襲している作品が多いのが、今の現状を表しているのではないだろうか。過去作の実績というアドバンテージを活かしきれず、他の長く続く改善に改善を重ねたオリジナルなアプリに圧倒され、負のスパイラルに陥ってしまう。

買い切り型の販売形態ならこんな不満は出ないだろうし、課金自体が悪なわけではない。そもそものところ、よくある浸透しきった課金に繋げるシステムがかみ合ってないのだ。思い入れの深いゲームに対して、流用ベースのシステムで復活させられても魅力を感じない。

何度もいうがスマホアプリだからプレイされないのではない。シリーズ伝統の作品性を蚊帳の外にして、既存の枠に当てはめたようなリリーススタイルが問題なのだと感じている。